ザ・タワー(La Tour)という比較的最近の映画を観ました。
正直なところ
評判が良いとはいえない作品ですが(むしろ悪い)
決して嫌いなタイプのものでもなかったので
今回は、この「ザ・タワー」の楽しめたところを中心にご紹介したいと思います。
この作品を観る前は、
CUBE系のパニックホラー映画を想像していたのですが、全然違う雰囲気のものではありました。
(このギャップがあまり歓迎されない理由の一つでしょうか)
物語序盤は、
迫りくる“闇”に侵食されていく ネバー·エンディング·ストーリーや
“無”に追いかけ回される 鬼物語(西尾維新の小説アニメ)を思い出しましたが
この作品では、結局それも(闇や無)それほどの大事ではなくて、
(電気や水がいつまで使えるんだ問題も、たいして問題ではなくて)
人間の争いや醜さを見せつけられる ザ·フランスっぽさ、
ソレが本質なのだと知らされました。
マッド·マックスや 北斗の拳のような作品から、
アクション、ヒーロー、娯楽
といった要素を差し引いた 世紀末まっしぐらな作品が、今回ご紹介する ザ・タワーという映画なのです。
それでは、
まずは簡単なあらすじから観ていきましょうか。
「ザ・タワー」原題 La Tour は、2024年公開のフランス映画。
⚠️ネタバレ注意⚠️
姉想いの小さな弟とマンションに暮らす 主人公アシタン(アフリカ系)は、
ある日の早朝、マンションの異変に気づきます。
朝なのに、窓から見えるはずの景色がなく、外は真っ暗闇に覆われているという不思議な状態。
テレビ放送は受信できず、携帯電話はつながらずと外部の情報が取れないために、
マンション内で近所付き合いのあった アラブ系の男性アメッド(アルジェリア人)のところに確認に行きます。
アシタンは 彼の部屋で、彼に見せつけるように窓の外にゴミを投げてみると、
それは一瞬で暗闇に吸い込まれてしまいます。
驚きを隠せないアメッドは、マンション内で何が起きているのか情報を得るために
マンションのロビーに向かうのですが、そこでは住民が集まり混乱大騒ぎ状態。
不安からなのか 喧嘩をしているものまでおり、現場は大混乱に陥っていました。
その喧嘩をしていた男2人は、取っ組み合ったまま、暗闇に入ってしまったのですが(片足は見えてる)
近くにいた女性がその男たちを助けようと、見えていた足を掴んだところ、
見えていた足だけが切断されたように残り、
本体(身体)は闇の中から戻ってくることはありませんでした…
このパニック状態が蔓延するマンション内で、情緒不安定に苛まれる アシタン。
この泣き続けている姉を見て
“僕がついている”
と 大人の姉を抱きしめる小さな弟。
弟によく “ライオンは勇敢” というお話をしてあげる アシタンは、
弟こそが 勇敢なライオン だと気づかされ、
彼のために前向きに生きていこうと誓うのでした。
が、しかし彼女たちには更に残酷な運命が待っていました。
階段で猫を見つけた 弟は、
その猫を走って追いかけていくわけですが、
階段ですれ違った黒人男性がもっていた鋭利な刃物(明らかに槍)にぶつかってしまい、
その刃物が彼の胸を貫通…
この事故で弟は命を落としてしまいます😭
彼女の生き甲斐となっていた弟の死は、
これ以降、長いこと彼女を絶望に縛りつけることになります。
マンションの住民たちは この受難に対し、団結して暮らしていくことを選ぶことになるのですが、
人種、肌の色、宗教 などなどでグループが出来ていきます。
一番大きなものは、ブリュノをリーダーとする白人グループ。
白人至上主義者である ブリュノ親子を良しと思わない人もおり、一枚岩というわけではないのですが、
人員、物資も豊富で、知恵者も多い大勢力。
どちらかというと、マンションの低い階に固まっている層になります。
他には、アフリカ系のグループ、
アラブ系のグループが大きな力を持つのですが
彼らは好戦的なグループで、
マンションの7〜9階辺りに住む 共用廊下が落書きだらけの層。
全部で6つの(国みたいな)グループが生まれ、
定期的にグループ会合(国連?)が持たれ、
マンションの秩序を維持していくことになります。
アシタンは、人種的にはアフリカンですが、
近所付き合いがあった アメッドがリーダーを務めるアラブ系のグループとつるんでいましたから、
そのまま自然と アメッドの オンナになっていました。
均衡が崩れたのは、
アラブ系の少年たちが、白人の老夫婦の部屋を襲い男性を殺害(殺すつもりではなかったのかな)、
飼い犬を奪う事件が起きたことが原因でした。
この頃から、ペットを食料という考え方が増加、
マンション内で食料を増やすために、多頭産みが期待できる犬猫の飼育が始まっていましたから、
これが、強いものが弱いものから略奪をする悪例となってしまいました。
この件で 白人グループと アラブ系グループが険悪となり、
他にも増加しているペット強奪事件に関与するアラブ系の態度に
白人グループの怒りはピークを迎えることとなります。
結果、
アメッドらは奇襲を受け、
身体を拘束され、
暗闇に投げ込まれてしまいます。
これにより、アラブ系グループは消滅…
アラブ系の女性たちは生かされ、白人グループに編入されていくのですが、
アシタンは、どこのグループにも属さず、マンションの共用部分や地下のスペースで寝床を変えながら暮らしていくことになります。
(ホームレス難民化)

アラブ系のグループの消滅により、白人系とアフリカ系の争いが激化していくのですが、
第一勢力の白人系は、考え方の違いで意見が割れ始めます。(人肉食を許したり、裏切り者が現れたりで…)
そんな中で、
マテオ(アフリカ系)が取りまとめる新興宗教的なグループが力をつけてきます。
白人系やアフリカ系と違って血の気の多い戦士はいない穏健なグループに見えるのですが、
リーダーの マテオは、アフリカン呪術を扱い白人リーダーに呪いをかけたりと(白人グループの内紛で呪いの依頼を受けていたのが、彼の呪術の始まり)
元キリスト教の牧師の面影はありません。
こんな状況下で、
白人グループが マテオの宗教グループを襲撃、死者が多数出てしまいます。
この現場に居合わせた アシタンは、
拳銃で撃たれ瀕死の白人母親から幼児(男の子)を託されてしまいます。
幼児を抱いて身を隠すアシタン。
今度は、白人グループが宗教グループを襲撃したという話しを聞きつけたアフリカ系グループが、
漁夫の利を得ようとすぐに動き始めます。
そんなアフリカ系の一人の戦士に、隠れていたアシタンと幼子は見つかってしまいますが、
アシタンを見つめる精悍な戦士の顔が、弱さと気まずさを混じえた人間らしい顔つきに変化していき…
この黒人戦士は、誤って アシタンの弟を死なせていた男でした…
男は アシタンの目を見て、彼女の弟を死なせてしまったことを思い出したのでしょうか、
彼女たちを見逃してくれます。
それから 5年の時が流れて…
ロウソクの灯りで壁に動物の絵を書く一人の白人の少年。
その隣にはボロボロの服を纏う アシタンがいました。
5年の月日は、闇の拡大と 生存者の激減を引き起こし(グループは崩壊)
いよいよ資源が枯渇寸前、
限られたスペースで生活を続けていました。
アシタンと 成長した少年、
更にあの時見逃してくれた黒人男性の3人が寄り添って暮らしていました。
(映像で確認出来る その他の生存者は、レズビアンカップルと 元アフリカ系グループのリーダー)
以前は、笑顔を見せたことのなかったアシタンでしたが、
今は黒人男性とともに、優しい顔で穏やかに笑いあっています。
略奪の時代が終焉を迎え、最期の穏やかな時が流れていました。
ある日、
少年は、アシタンにライオンの話しをして欲しいとおねだりします。
ちょうど少年が、アシタンの弟と同じ年頃になったころのこと…
※「ザ・タワー」日本語字幕より
「 ある男が ライオンの食事を見たいと思った
男は子犬をコートに隠し動物園へ
そしてライオンの檻の前で子犬を放した
怖がる犬にライオンは近づく
匂いを嗅ぎ でも食べなかった
その夜 ライオンが寝ようとすると 子犬が身をすり寄せ 脚に頭を乗せた
それからしばらく ライオンと子犬は一緒に過ごした
ある日 子犬が病気になり 死んでしまった
ライオンは子犬を食べず
撫でてやるかのように 舌でなめ続けた
そして前脚を使い 起こそうとした
死んだと分かると 檻に体当たりして壊そうとした
夜は子犬と一緒に寝た
死んだ子犬を前脚の間に 5日間 その姿勢で
子犬を守るように抱いていた 」
“死ぬってどんな感じ?” と少年が聞きます。
「何も感じない」 と アシタン。
“何も?”
「そうよ」
ここで画面がブラックエンド。
エンドロールに入り物語は終了します。
(彼女らは無に包まれ、死を迎えたということなのでしょうか)
マンションを地球に見なし、
地球の環境の激変を(温暖化による 砂漠化、水没危機等)、
暗闇の襲来に見なす この作品は
明らかに地球や人間社会の縮図であります。
現在地球上では、
宗教や人種の違いで、イスラエルとパレスチナは戦い、
権益の争いで、ロシアとウクライナは戦っています。
そして今後は、
地球温暖化によって進む砂漠化、陸地の消滅で、住める土地は減っていき、
核戦争や原発事故で汚染された土地が増えることもあるのかも知れない。
これから間違いなく来るといわれる 食料や水資源の問題で、
世界中で争いは起きてくるでしょう。
不穏な時代には、宗教に縋る人もいるでしょうし、
それに乗っかる(悪の)宗教リーダーも現れるのかも知れません。
この映画で映される問題は、これからの地球の現実問題…
ちゅう がこの映画を見て思ったことは、
“サラダボウル”の未来のシュミレーションを見せられているということ
でした。
この映画は、一人の人間にスポットライトを当てて、という感じではないので、
人間ドラマ的なエピソードが少ない作品なのですが、
弟が生きている頃からよく出てきた
“勇敢なライオン”が ちゅうは好きですね。
姉のアシタンは、小さい弟に、
勇敢であることの美徳を教えてあげていたのだと思うのですが、
弟はどんなに辛い状況下に置かれても、勇敢であろうと貫きました。
大人である姉でさえ泣き崩れてしまったのに、弟はそんな姉を抱き締め慰めます。
姉は本当に小さな弟のことを頼もしく感じたと思うんですよね。
その後 弟が亡くなってからは、
弟のように強くならなければ、という気持ちで生き抜いたのだと思います。
そして弟から学んだことを、一緒に生活することになった白人の子どもに返してあげる。
周りが自分のことで精一杯の世紀末に、白人の子どもに優しさを与える アシタンお母さんが素敵に思えました。(赤ちゃんを食べる連中がいた世界線でしたから)
弟は勇敢なライオン、姉(母)は優しいライオン。
圧倒的に救いのない映画でしたから、尚更心に残ってしまった ちゅうでした。
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